「24時間働けますか?」

 

今から20年から25年前、世の中はバブル景気と呼ばれる時代で、大変景気の良い時代がありました。

私が入社した時もバブル景気の後半で、所謂「バブル入社組」と言われています。

第一志望の会社にすんなり入社出来たので、就職活動は苦労していませんし、バブルが弾けた時、上司から「今お前が採用試験を受けたら確実に落ちる」と言われたこともあります。

IT業界もバブルの恩恵を受けて、毎月の給料は、ボーナスに近い金額を貰っていましたし、ボーナスも年に3回支給されたり、職場は会社からの差し入れの飲み物やおやつで溢れていたので、会社に居るとほとんどお金を使うことはありませんでした。

高い報酬をもらって、会社ではお金を使うことはなかったのに、不思議と貯金は貯まりませんでした。

当時は20代前半の遊びたい盛りだったので、仕事が休みの時は「せっせと」遊びに励んでいたことを思い出します。

 

ここで、ブログの書き出しの「24時間働けますか?」と言う言葉に戻ります。

 

これは、時任三郎さんの歌で、「勇気のしるし」と言う歌の歌詞の一つです。

栄養ドリンク「リゲイン」のCMで使われており、バブルの当時はテレビで頻繁に流れていました。

当時はどの業界も景気が良かったのですが、非常に忙しくほとんどの人が多くの残業をしていました。

私は当時からIT業界で働いていましたが、勤務時間は今では考えられないような状況でした。

具体的に言えば、1ヶ月の残業時間の平均は130時間くらいでした。
(1ヶ月の総労働時間が300時間くらいです)

月曜日から土曜日まで、9時から22時まで働くと、概ね1ヶ月300時間の勤務時間になります。
(土曜日は休日出勤していました)

過勤務が100時間くらいの月は、「今月は暇だったね」と話してた記憶もあります。

最高の労働時間は、1ヶ月に400時間を超えた月があり、私の人生の最長不倒記録を樹立しています。

過勤務は全て支給されていたので、毎月の手取り額が給料の2倍と言う状態が1年以上続いていました。

働き方改革が叫ばれている現在では考えられない労働時間ですよね。

当時は社会全体が「猛烈に働く」と言う雰囲気だったので、忙しいとは思いましたが、給料がたくさん貰えるから「ま、いっか」と思っていました。

そんな時代だったので、「24時間働けますか」と言う歌詞もすんなりと受け入れられたのではないかと考えています。

 

前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。

バブル当時は多くの人が高い収入を得ていました。

その反面、「24時間働けますか」と言う歌詞のように、大変な量の仕事もこなしていました。

今思うと、バブル当時の高給はそれに見合う労働の対価だったと考えています。

あまり働かないのに高給を貰っている人も居るには居ましたが、それは少数派でほとんどの人は過酷な労働の中で高給を得ていたのです。

今の時代は、バブル当時よりも平均的な収入は減っているかも知れません。

例えば初任給を考えてみると、基本給は30年前より上がっていますが、過勤務を含めた給与ではバブル当時の方が多かったと思います。

と言う事は、今の時代でも過勤務があればバブル当時並みの収入を得ることが出来ると言う事だと思います。

 

バブル当時の過酷な勤務を肯定する気は全くありませんし、当時の状態はむしろ異常な状態だったと思います。

ただ、バブル当時と同じ働き方をしたら同じような高収入を得ることが出来ると考えていますし、常に時間の限り働いている人の多くは高い収入を得ています。

もちろん全ての人が我武者羅に働けば高収入が得られるわけではありませんが、それはバブル当時も同様でした。

ある程度職種を選ぶ必要があります。

何が言いたいかと言えば、バブル当時も今でも仕事の仕方次第で高い収入を得ることが出来る環境はそろっているという事です。

寝ているか働いているかと言う二択の生活を望むか否かは人それぞれだと思います。

お金以外にも大切なことがあるのも承知しています。

誰の人生にも、色々な選択肢があります。

その中には高収入を得ると言う選択肢もあるという事です。

 

 

 

 

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